関心のあること

電磁場の相転移(超放射相転移)

図1. 超放射相転移では、熱平衡下において光と物質とが相互作用する系が自発的に相転移を起こし、ランダムな分極と電磁場からなる通常相から、静的で有限値の分極と電磁場からなる超放射相へと転移する。

光、つまり電磁波と物質の相互作用については、熱平衡よりもむしろ非平衡下で活発に研究が行われています。非平衡とは、系の内と外でエネルギーの流れがある状態を指し、例えば、LEDやレーザーなどのデバイスは、デバイス内に電気エネルギーが注入されることにより、光エネルギーをデバイス外へと放出します。一方、熱平衡状態ではこのようなエネルギーの流れは生じません。

超放射相転移は、熱平衡下における相転移現象です。超放射相転移が起こると、静的な(振動しない)電磁場と静的な電磁分極(もしくは永久に電流が流れ続ける状態)が自発的に物質内に発生します(図1)。超放射相転移の臨界点では、乱雑な電磁場を持つ通常相から、静的で秩序だった電磁場を持つ超放射相に系が転移します。超放射相転移は熱平衡下で起こる現象であるにもかかわらず、光科学の分野で重要な研究対象となっている電磁場と物質の相互作用によって引き起こされる点が特徴的です(図2)。

図2. 光と物質の結合が弱い場合、臨界点以下では、系は乱雑な電磁場を示す通常相となる。臨界点を越えると、系は、静的で秩序だった電磁場で特徴づけられる超放射相へと転移する。

熱力学と光科学はそれぞれ、熱平衡状態と非平衡状態のもとで主に研究されていることから、超放射相転移は、これらの分野を繋ぐ架け橋になる現象と言えます。超放射相転移の研究を進めることにより、私たちの身の回りの世界に対する理解を深めると同時に、光科学や熱力学に基づく革新的な技術開発が可能になるかもしれません。そうした希望を胸に抱き、私たちは超放射相転移の研究を行っています。

私たちはこれまでの研究から、超放射相転移の臨界点において、熱平衡下であっても光子と物質の量子ゆらぎが強く抑制される「量子スクイージング」と呼ばれる現象が起こることを見出しました(Hayashida et al. )。量子スクイージングは、これまでは主に非平衡下において研究がなされていました。熱平衡下における量子スクイージングは、非平衡下の量子スクイージングよりも雑音に対して高い耐性を持ちます。私たちはこの特性を活かして、雑音に対して高い耐性を持つ量子センシングや量子コンピューティングなどの量子技術を構築しようとしています。さらに、超放射相転移は熱平衡と非平衡を繋ぐ架け橋となる現象であることから、熱を直接コヒーレント光(レーザー光のような光)に変換する方法も模索しています。この変換が実現すれば、廃熱の活用や省エネルギー化が可能になります。さらに、その変換現象で得られたコヒーレント光を、光ケーブルを通して光などのエネルギーが十分ではない地域に伝送することができれば、世界のエネルギーアクセスの向上にもつながります。

しかし、超放射相転移は1973年に予言されているものの、未だに実験で観測されていません。そこで私たちは、理論と実験の両面からのアプローチで超放射転移に迫ろうとしています。これまでに私たちは、超伝導回路内で超放射相転移に類似する相転移現象が発生する可能性を理論的に示し(詳細はこちら )、磁性体であるErFeO3において「マグノン(スピン波) 的」な超放射転移が生じる可能性を理論と実験から示しています(Bamba et al. )。現在、超放射相転移が生じる材料の理論的な探索も進めており、超放射相転移の実験的な証拠を見つけるために国際的な共同研究も行っています。

このように多角的な視点から研究を進めることにより、超放射相転移の証拠を見つけ出し、その機能性を実証したいと考えています。