光、すなわち電磁波は、時間的に振動しながら空間を伝わる電場と磁場の波です。電磁場系(光子系)における基底状態とは、真空状態、つまり波の振幅がゼロで光子が存在しない状態であることから、光が存在している状態は励起状態ということになります。黒体放射の場合は、理論的には、理想的な鏡で囲まれた空洞内部の熱放射であり、熱平衡状態にあります(図1)。しかし、このような熱放射は一体どのように測定できるのでしょうか?
大抵の場合、完璧な測定方法ではありませんが、この空洞に小さな穴を開け、その穴から漏れ出てくる光のスペクトルを測定します。この小さな穴を通して外部に放出された熱放射は、空洞内部の電磁場の状態を強く乱すものではないため、おおよそ熱平衡下で得られるものに等しいと考えることができます。このような非平衡性、つまり対象とする系の内部と外部環境との間に生じるエネルギーの流れは、物質と電磁波の相互作用について研究する場合、当たり前のように現れてきます。
熱力学や統計物理学においては通常、熱平衡を前提とします。熱平衡下では物理学的な性質を比較的単純に考えることができます。一方、非平衡下では、熱平衡下のように単純に考えることはできません。しかし、その代わりに、熱平衡下では見られない多彩で豊かな物理現象が現れます。例えば、レーザー(誘導放出による光増幅現象)も非平衡状態で生じる現象の1つです。誘導放出は、基底状態にある電子の数よりも、励起状態の電子の数が多い場合に起こります(図2)。このような電子の分布は反転分布と呼ばれ、「負の温度」状態として解釈されています。私たちの身の回りは基本的に正の温度状態であり、このような現象は非平衡に特有のものです。他にも、非平衡下では多様な物理現象が生じることが知られています。そうした非平衡下で起こる現象は光科学分野だけでなく、スピントロニクスや物質内の電子輸送のような他の分野でも典型的な研究対象となっています。
非平衡下の物理現象は、さまざまな粒子または準粒子(光子、電子、フォノン、マグノン 等)を伴い、光と物質の複雑なダイナミクスが得られるため、まだ十分に理解が進んでいない部分もあります。発光スペクトルの測定は、物質内でどのようなダイナミクスがあるのかを調べるための標準的な方法ですが、物質の発光過程で生じるダイナミクスは非常に複雑なので、発光スペクトル測定だけでは十分に理解できません。ある限定的な状況においてですが、私たちは発光のメカニズムと、発光が起こる前の物質内における光と物質のダイナミクスを、理論と実験の両面から解明しました。これは、時間分解分光法と呼ばれる測定方法や非線形光学応答を利用した計測技術を持つ実験物理学者との共同研究の成果です(Bamba et al. and Bamba and Ishihara)。
物理現象のメカニズムを理解することができれば、次はその応用が視野に入ります。例えば、光通信やイメージング、計測、太陽光エネルギー発電、レーザー加工などのさまざまな技術の研究開発が、電磁波と物質の相互作用の物理に基づいて進められてきました。現在も世界中で多くの研究者たちがこれらの応用技術の性能を更に向上させようと、日々研究に取り組んでいます。
そうした時代の最先端をゆく研究分野の一つとして、量子技術が挙げられます。スクイーズド光や量子もつれ光子対、単一光子などの光の量子状態は、高精度の測定、高解像度のイメージング、安全性の高い光通信、高性能のコンピューティングなどを可能にします。例えば、スクイーズド光は、重力波検出などのさまざまな測定の精度向上に欠かせない量子状態であり、応用を目指して研究が進められています。
さまざまな光の量子状態を発生させることも、この分野の発展において非常に重要です。私たちは理論と実験の両輪で、スクイーズド光(詳細はこちら)、単一光子(詳細はこちら)、量子もつれ光子対(Bamba and Ishihara)などの生成を向上させる方法について研究を行っています。
光と物質が織り成す非平衡のダイナミクスの研究を通じて、多様なダイナミクスに共通する普遍的な法則が見えてくるかもしれません。また、これまで人類が見たことがないような全く新しい物理現象の発見も、決して夢ではないでしょう。私たちはこうした発見によって自然への理解を深めるだけでなく、人類の幸せや世界の持続性につながるさまざまな技術開発を前に進めることができると信じています。