電磁波は、波長によって電波やX線などの異なる名前が付けられていますが、すべて同じ物理法則に従っています。例えば、電磁波の速さは真空中で秒速約30万kmであり、波長に関係なく一定です。
超放射相転移は熱平衡下で起こる現象であるにもかかわらず、光科学の分野で重要な研究対象となっている電磁場と物質の相互作用(図1)によって引き起こされます。熱力学と光科学はそれぞれ、熱平衡状態と非平衡状態のもとで主に研究されていることから、超放射相転移は、これらの分野を繋ぐ架け橋になる現象と言えます。超放射相転移の研究を進めることにより、私たちの身の回りの世界に対する理解を深めると同時に、光科学や熱力学に基づく革新的な技術開発が可能になるかもしれません。
私たちはこれまでの研究から、超放射相転移の臨界点において、熱平衡下であっても光子と物質の量子ゆらぎが強く抑制される「量子スクイージング」と呼ばれる現象が起こることを見出しました(Hayashida et al.)。量子スクイージングは、これまでは主に非平衡下において研究がなされていました。熱平衡下における量子スクイージングは、非平衡下の量子スクイージングよりも雑音に対して高い耐性を持ちます。私たちはこの特性を活かして、雑音に対して高い耐性を持つ量子センシングや量子コンピューティングなどの量子技術を構築しようとしています。
電磁波と物質の相互作用は、光ファイバーや光学レンズといったさまざまな光技術の基礎となっています。電磁波と物質の相互作用によって生じる馴染み深い現象としては、電磁波の反射と屈折があります(図2)。電磁波が光ファイバーや光学レンズなどの媒体の中を伝搬するとき、媒体を構成する原子によって電磁波は吸収されたり、再放出されたりします。この吸収と再放出の繰り返しを、光(電磁波)と物質の結合と呼びます。
多くの物質では、吸収や再放出がおこる頻度は、電磁波の周波数(例えば赤色光の場合、周波数は4 × 1014 Hz)よりも低くなります。しかし、人工的に作られたある種の物質内では、電磁波の周波数と同等か、それよりも高い頻度で吸収と再放出が起こるということが、2009年ごろから報告されています。これは光と物質の超強結合と呼ばれています。物質の種類にもよりますが、典型的には電波(周波数約109 Hz)から紫外光(周波数約1015 Hz)の範囲で、超強結合を実現することができています。例えば、半導体量子井戸の電子、電子のサイクロトロン運動、色素分子、磁性体のスピン波、光学フォノン、プラズモン、カーボンナノチューブ、超伝導回路などで、超強結合が得られます(Forn-Díaz et al.のレビュー論文などをご参照ください)。
光と物質の超強結合が引き起こす最も興味深い現象の1つが超放射相転移です(詳細はこちら)。加えて、系の基底状態や有限温度の熱平衡下で現れる光と物質の量子状態も、超強結合が示す興味深い性質です。光と物質の結合がない場合は、系の基底状態は電磁場の真空状態(光子が無い状態)として表現されます。一方、光と物質の結合がある場合の基底状態は、電磁場の量子ゆらぎが抑制された量子スクーイズド状態などの量子状態として表現されます(詳細はこちら)。光と物質の結合がそれほど強くなければ、このような「量子性」は無視できますが、超強結合が生じる場合、量子性は無視できないほど大きくなります。これまでの光の研究において、こうした基底状態や熱平衡下での量子性は無視されてきましたが、近年の超強結合に関する研究の進展により、量子性の実測定や、量子性を制御して機能化することが現実味を帯びてきました。
私たちはこれまでの研究で、量子ゆらぎを抑制する量子スクイージングが超放射相転移の臨界点で得られることを理論的に明らかにしました(詳細はこちら)。さらに、真空Bloch-Siegertシフトと呼ばれる現象を実験で観測することにも成功し、量子スクイージングの間接的な証拠を実験的に示しました(詳細はこちら)。また、カーボンナノチューブを使ったサンプルの作成や、磁性体への磁場印加によって、超強結合から弱結合まで光と物質の結合力の強さを制御することにも成功しています。この超強結合の領域におけるレーザーや、外部環境との結合に関する研究などについても、理論的に調べています。
私たちは現在、光と物質の超強結合による熱平衡下での量子状態の機能性について研究を進めています。熱平衡下で生じるこうした量子状態は、コヒーレンスを阻害する雑音に対して高い耐性を示すことから、量子センシングや量子コンピューティングのような量子技術に革新をもたらすと期待されます。さらに私たちは、理論的な研究だけでなく、実験物理学者と協働して理論予測の実証にも取り組んでいます。私たちが扱う現象は検出が困難で一筋縄では行きませんが、世界に対する理解を広げる上で必要なものであり、今後さらに研究を発展させることで、人類の幸せと持続可能な世界にむけて貢献できると考えています。