超放射相転移—量子光学、熱力学、凝縮系物理学の架け橋

1973年、物理学者達は「超放射相転移」と呼ばれる現象を予言しました。Dicke協同性と呼ばれる現象を引き起こす光と物質とのある種の相互作用によって、超放射相転移が引き起こされると、理論的に導き出されたのです。私たちの身の回りのような高温の環境(通常の相)では、物質内の粒子の熱運動によってインコヒーレントな(ランダムで向きがそろっていない)電磁分極(正極と負極が対になったもの)が生じ、その結果としてインコヒーレントな電磁波(熱放射とも呼ばれます)が発生します。温度を徐々に下げていくと、通常は熱放射の強度が徐々に減少していきます。しかし、ある温度よりも低くなると、物質内にコヒーレントな静電磁分極(時間変化のない電磁分極)と、コヒーレントな静電磁場が自発的に現れる超放射相転移(超放射相)が生じる場合があります。超放射相は、光と物質の超強結合(非常に強い相互作用)によって安定化されることで、現れると予言されました。しかし残念ながら、実験的にはこのような超放射相転移の証拠はまだ発見されていません。

超放射相転移は光と物質が相互作用する系だけなく、物質同士が強く結合する系でも生じる可能性があります。2018年に、私たちはエルビウムオルソフェライト(ErFeO3)と呼ばれる磁性体中における「マグノン的な」Dicke協同性の実験的観測に成功し、サイエンス誌に発表いたしました。実験と並行して行った理論解析からは、ErFeO3のハミルトニアン(エネルギー)において、鉄のスピン波(マグノン)が、光と物質の超強結合系における光と同じ役割を果たすことも示されました。スピンは物質の磁性を構成する要素であり、スピン同士の相互作用によってスピンが波として伝搬します。一方、ErFeO3の場合は、エルビウムのスピンの電子常磁性的な共鳴が、上記の超放射相転移でいうところの原子の遷移に相当します。

しかし、私たちが観測したマグノン的なDicke協同性は、マグノン的な超放射相転移の証拠としてはまだ完全なものではなかったため、ErFeO3の実験結果に基づいた理論的な解析も行いました。その結果、部分的にはエルビウム同士の相互作用も寄与しているものの、鉄のマグノンとエルビウムのスピンの間の超強結合がErFeO3の相転移を引き起こしていることを証明しました。

この発見は、「マグノン的な」という注釈付きではありますが、物理システムの中で超放射相転移が確認された初めての例となりました。この研究は、量子光学、熱力学、そして固体物理学を繋ぐ重要な現象である光子的な超放射転移を理解し、実現するための学術的基盤となる重要な成果です。本研究で得られた知見をさらに発展させることによって、将来的には、雑音に対して堅牢な量子技術や、熱からコヒーレント光(レーザー光のような光)への直接変換といった省エネルギー技術に活用できるかもしれません。

Motoaki Bamba, Xinwei Li, Nicolas Marquez Peraca, and Junichiro Kono
“Magnonic Superradiant Phase Transition”
Communications Physics 5, 3 (2022)