熱平衡下における光の量子状態が可能にする高精度センシング技術

量子光学の分野における最も興味深い進展の1つが「スクイーズド光」の発生です。スクイーズド光は、標準量子限界(通常のレーザー光で達成可能な量子ゆらぎの限界)よりも揺らぎが小さい量子状態です。例えば、光場を表現する変数(電場、磁場、またはそれらの重ね合わせなど)の1つでの量子ゆらぎが小さくなり、その代わり、それに共役な変数ではHeisenbergの不確定性を満たすように量子ゆらぎが大きくなります。こうした量子論的な特性から、スクイーズド光は光通信、量子コンピューティング、重力波検出における高精度な測定などへの応用研究が進んでいます。

スクイーズド光の発生のためには通常、系を非平衡状態にする必要がありますが、非平衡状態では、予測できない雑音によって、実際の実験で実現できるスクイージングの程度が制限されてしまいます。加えて、得られるスクイーズド状態も安定ではありません。こうした非平衡系特有の問題は、熱平衡状態でスクイーズド状態を得ることができれば解決できると期待されますが、果たしてそんなことが可能なのでしょうか?

その答えは「イエス」です。光と物質が強く結合した系では、基底状態(エネルギーが一番低く安定な状態)において、熱平衡状態でのスクイージングが可能であることが分かりました。これは「内在性のスクイージング」として知られる現象です。このようなスクイーズド状態は、本質的に安定で雑音に対して高い耐性を持ちます。スクイージングの程度は光と物質の結合の強さによって決まります。これまで、結合の強さが無限大という理想的な条件下では、ある共役変数の揺らぎがゼロになる「完全スクイージング」を達成できることが知られていました。

しかし、この完全スクイーズド状態を作るためには、結合の強さが無限大という理想的な条件が必須なのでしょうか?私たちは理論解析と数値解析を駆使してこの問いに挑み、必ずしもそうではないことを明らかにしました。具体的には、原子群と光子場の結合を記述する標準的なDickeモデルを考え、その基底状態において測定されるスクイージングを最大化するような、理想的な光子−原子の2モードの基底を数値的に探索しました。その結果、光と物質の強い結合によって電場や分極が自発的に現れる「超放射相転移」の臨界点において、完全スクイージングが得られることを突き止めました。

この現象がいずれ実験的に観測されれば、量子光学のパラダイムシフトをもたらすと同時に、雑音に対して堅牢な量子センシングや量子情報技術の実現という革命的な進歩に繋がります。

Kenji Hayashida, Takuma Makihara, Nicolas Marquez Peraca, Diego Fallas Padilla, Han Pu, Junichiro Kono, and Motoaki Bamba
“Perfect Intrinsic Squeezing at the Superradiant Phase Transition Critical Point”
Scientific Reports 13, 2526 (2023)