光と物質の相互作用は、科学者たちを魅了してやまないさまざまな物理現象を引き起こします。そのなかの1つが、今から40年以上も前に理論的に予言された『超放射相転移』です。超放射相転移は、熱平衡下において、光と物質の超強結合によって電磁場が自発的に発生する現象、別の言い方をすれば、電磁場が静的な(振動しない)コヒーレント状態に転移する現象です。自発的なコヒーレンスの発生としては、例えば物質の相転移やレーザーなどがありますが、光と物質の結合が引き起こすという点で物質の相転移と、熱平衡下で生じるという点でレーザーと、超放射相転移は本質的に異なります。このように非常に興味深い特性を持つ超放射相転移ですが、実は残念ながら、実験的にはまだ観測されていません。なぜなら、超放射相転移を観測するためにはどこを探せばよいのか、実験物理学者も理論物理学者も皆目見当がつかないのです。
しかし、私たちはその謎を解く重要な手がかりを見つけました。熱平衡下において理論的に超放射相転移が実現できる系を特定することに成功したのです。具体的には、ジョセフソン接合を使用した超伝導回路には、超放射相転移と見立てることができる超伝導電流が流れることを理論計算によって証明しました。
この証明の第一段階として、私たちは標準的な量子化の手順に従って、この回路のハミルトニアン(システム全体を特徴付けるもの)を導き出しました。次に、少数原子に対するハミルトニアンを数値的に対角化した上で、原子の数を増やした場合の漸近的な振る舞いを調べました。その結果、予想通り熱力学的極限におけるふるまいをよく再現し、超放射相転移の発生が確認されました。
この発見は、熱力学、電子工学、光学といった複数の分野にまたがる新たな学問領域の構築につながる重要な知見であると同時に、量子コンピューティング分野において今後、超伝導体についての研究がこれまで以上に重要になることを示唆しています。今後、私たちの理論予測が実証されれば、超放射相転移の制御によって熱エネルギーを直接コヒーレント光に変換することが可能になるかもしれません。この変換を十分に効率化できれば、排熱を利用してエネルギーを節約することができるでしょう。そして、得られた光を光ケーブルによって光や他のエネルギーが不足している場所へ伝送することで、エネルギーアクセスを向上させることができます。こうした応用は現時点では想像に過ぎませんが、50年以内には実現できる可能性があります。そうした未来を現実のものとするため、まずは熱平衡下における超放射相転移の実験的証拠を見つけるべく、さまざまな新しい手法も取り入れながら、日々研究を行っています。
Motoaki Bamba, Kunihiro Inomata, and Yasunobu Nakamura“Superradiant Phase Transition in a Superconducting Circuit in Thermal Equilibrium”Physical Review Letters 117, 173601 (2016)https://arxiv.org/abs/1605.01124