光と物質の結合で生じる予期しない物理現象の実験的観測に成功

光と物質が結合する(互いに作用し合って結びついている)系を扱うとき、『回転波近似』は複雑な計算を単純化するために広く用いられる手法です。量子論によって与えられるこの回転波近似では、物質は光子を吸収することによってのみより高いエネルギー準位に遷移し、逆に光子を外部に放出することはないと考えます。しかし、1940年代、理論物理学者たちは、光の強度が非常に高い場合には、この回転波近似が破綻することを予言しました。このような場合、Bloch-Siegertシフトと呼ばれる物質の共鳴周波数のシフトが生じます。

私たちは、共振器内の光の強度がゼロの極限であっても、『真空の』Block-Siegertシフトが起こることを初めて示唆し、固体システムに埋め込んだ共振器を用いた実験的な観測にも成功しました。この実験では、ヒ化ガリウム(GaAs)中の2次元電子ガス(電子が平面的に自由に動き回れる状態)を用い、強い磁場をかけました。磁場がかけられた電子は、ある特定の方向に周回運動(サイクロトロン運動)し、真空の共振器中の光場と混成してポラリトンと呼ばれる準粒子を形成します。このシステムを用いて、共振器内の光の強度が非常に高い場合にのみ起こるとされていた回転波近似の破綻を高い精度で調べました。実験の結果、私たちは予期しなかったポラリトンの共鳴周波数のシフトを観測しました。

理論的な解析から、この周波数のシフトは回転波近似を超えた現象であり、真空の共振器中の光場と電子の結合によって起こる、真空のBloch-Siegertシフトであることが示唆されました。この周波数シフトは、電子と逆方向に進む回転偏光の周波数スペクトル上で見られました。これまで電子と同じ方向に回転する光の結合については観察が容易で広く研究されてきましたが、電子とは逆方向に回転する光については電子との結合の影響を観測するのが容易ではありませんでした。

この真空のBloch-Siegertシフトは、光子の放出を伴う物質の自発的な励起によって、より高いエネルギー準位に移ることで引き起こされます。つまりこの結果は、たとえ物質内が基底状態(エネルギーが一番低い状態)であったとしても、『仮想的な光子』が存在する事を示す間接的な証拠となります。この現象の最も特筆すべき点は、このような過程によって光子の量子ゆらぎが抑制(スクイーズド)されるということです。たとえ基底状態であっても、光子の量子ゆらぎが安定的にスクイーズドされるというのは驚くべき発見です。

この研究は、量子センシングや量子コンピュータに関連する技術革新の礎となる重要な成果です。本研究をさらに発展させることで、量子化学や薬学、材料科学、電子工学などのブレイクスルーに繋がると期待しています。

Xinwei Li, Motoaki Bamba , Qi Zhang, Saeed Fallahi, Geoff C. Gardner, Weilu Gao , Minhan Lou, Katsumasa Yoshioka, Michael J. Manfra, and Junichiro Kono
“Vacuum Bloch–Siegert shift in Landau polaritons with ultra-high cooperativity”
Nature Photonics 12, 324 (2018)
https://hdl.handle.net/1911/102318